コミュニケーション不足が問題? それ、責任転嫁かもしれない

「コミュニケーション不足」を疑え 「現場のコミュニケーションが足りないから、トラブルが起きるんだ」――よく耳にする言葉だ。しかし、その一言で片づけてしまうことが、本当の問題解決を遠ざけていないだろうか。 コミュニケーションは確かに大切だ。情報の行き違いや誤解を防ぐためには、円滑なやり取りが欠かせない。だが、それはあくまで“潤滑油”であって、エンジンそのものではない。制度や構造、役割分担が曖昧なままでは、どれだけ話し合いをしても空転するだけだ。 責任を「現場の空気」に押しつける管理職 特に問題なのは、上司や管理職が「コミュニケーション不足」を常套句のように使い、現場の責任にしてしまうケースだ。例えば、業務フローが不明確でタスクの抜け漏れが発生した場合に、「もっとちゃんと話し合って」と指導して終わらせる。これは、構造的な設計ミスを現場に押しつけているにすぎない。 このような現象が続くと、現場では「空気を読んで動け」という圧力が強まり、曖昧な期待と責任だけが積み重なる。結果、誰もリスクを取らず、問題が発覚してから「誰が悪いのか」という犯人探しになる。これでは健全な業務改善は望めない。 RACIマトリクスという処方箋 そこで有効なのが、責任と情報の流れを明確化するためのフレームワーク、RACIマトリクスだ。これは、以下の4つの役割を明示することで、組織内の混乱や責任の曖昧さを解消する。 R(Responsible):実行責任者 A(Accountable):最終責任者(意思決定者) C(Consulted):相談・助言を行う立場 I(Informed):情報提供を受ける立場 ケース1:伝言ゲーム式の指示ミス 現場でよくある誤解:指示ミスを「コミュニケーション不足」で片づける 実際に、管理職から現場作業員への指示が曖昧なままトラブルが起きた場面がある。ある業務では、管理職が口頭で作業員Aに指示を出し、それを作業員Aが引き継ぎで作業員Bに伝えた。結果として指示がうまく伝わらず、作業ミスや遅延が発生した。 このとき、管理職は「コミュニケーション不足だ!」と現場を叱責したが、問題の本質はそこではなかった。 管理職は、作業指示を文書化していたのか? 作業員が後から確認できる手順書・基準書を整備していたのか? 引き継ぎのルールは明文化されていたのか? 属人化を防ぐための標準化は行われていたのか? これらを整備・運用する責任は、現場の個人ではなく管理職側にある。にもかかわらず、表面的な「コミュニケーション不足」論で問題の構造が見過ごされている。 このような事例こそ、「構造としての不備」を見直すべき典型例だ。 ケース2:サンプル持ち込みによるヒヤリハット 管理職がサンプル品を持ち込み、「ここに仮置きするから」と量産作業中の現場作業員に口頭で伝えた。しかし、作業員はその場での聞き取りが不十分だったり、サンプルの扱いが曖昧だったりしたため、サンプル品を量産品と誤って混ぜそうになるというヒヤリハットが発生した。 このとき管理職は「サンプルだって言って渡しただろうが!」と憤慨したが、そもそも問題はそこではない。 量産ラインにサンプル品を持ち込むべきではなかったのでは? 作業に集中している作業員に、口頭での情報伝達を行ったのは適切だったのか? サンプルの取り扱いルールや受け渡しの手順は整備されていたか? つまり、このケースは「コミュニケーションの内容」に問題があったのではなく、そもそもコミュニケーションの“発生させ方”が管理として不適切だったのである。 現場での安全や品質が要求される製造業では、「話して伝える」こと自体がリスクである場面がある。話さずとも正しく伝わる仕組み――それこそが、管理職に求められる“仕組みの設計”なのである。 このような例まで「コミュニケーションが悪い」と片付けてしまうことは、現場の緊張感や設計上の問題を見過ごす危険な思考である。以下のような場面もある。 ケース3:指示否認による混乱 「この作業はこうしておいて」とその場で指示。作業員はその通りに実施したが、後日トラブルが発生。すると、管理職は「そんな指示はしていない」と発言。現場にいた他の作業員や間接員は「いや、そういう指示してましたよね?」と困惑する。 このようなケースでは、口頭指示が記録に残らず、証拠も曖昧で、責任の所在がうやむやになる。まさに、文書化・標準化・情報共有の仕組みがなかったことによる典型的な問題であり、「指示内容が確認できる媒体がなかったこと」が本質的な原因である。 こうした構造の欠陥を放置したまま、「もっとよく話し合っていれば防げた」と現場に責任を求めるのは、単なる責任転嫁でしかない。 ケーススタディ:製品トラブル時のRACIマトリクス たとえば、製品トラブル発生時の対応を考えてみよう。 タスク R A C I 不具合の初期対応 技術担当 現場マネージャー 品質保証 営業 原因調査 技術担当 技術部長 品質保証、製造 営業、顧客対応部門 顧客への説明 営業 営業マネージャー 技術、品質保証 法務 このように整理することで、「誰に話すべきか」「誰が決定するのか」「誰まで情報を回すか」が明確になり、無駄な確認や後出しジャンケンを防げる。 定常作業こそ「コミュニケーションが不要」な状態が理想 筆者の立場から言えば、極論かもしれないが、定常作業であるならば「コミュニケーションが発生しない」状態こそが理想だと考えている。 なぜなら、定常作業とは本来、手順・品質・安全のすべてがルール化・標準化されており、教育・訓練・力量評価も事前に完了しているべきものだからだ。つまり、「誰がやっても同じ品質・手順で、同じ成果が出せる」状態でなければならない。 したがって、わざわざ毎回「こうやって」「あれは気をつけて」などと声をかけなければならない状況というのは、裏を返せばその作業はまだ非定常であり、手順・訓練・仕組みが未整備であるという証拠でもある。 つまり、コミュニケーションが頻発していること自体が“業務設計の未熟さ”を示すパラメータになり得るのだ。 だからこそ、「もっとちゃんと話し合って」は業務改善の解決策ではなく、むしろ構造的な不備をごまかす“思考停止ワード”になりかねない。 組織内の問題が起きたとき、まず疑うべきは「コミュニケーション不足」ではなく、「仕組みや責任の曖昧さ」だ。会話は大事だが、それだけでは回らない。エンジンがなければ、どんなに滑らかな潤滑油も意味をなさないのだ。 だからこそ、真の業務改善には制度設計と責任設計の見直しが必要だ。「話せばわかる」ではなく、「仕組みで回る」組織こそが、現場に余裕と成果をもたらすのだ。

2025年6月12日