電車でスマホの電源を切るべきなのか?──科学とマナーのすれ違い
「優先席付近ではスマートフォンの電源をお切りください」
誰もが一度は聞いたことのあるこのアナウンス。多くの人は「ペースメーカーに悪影響があるなら仕方ない」と思って、スマホの電源を切ったり機内モードにしたりしてきた。
だがこのマナー、本当に必要なのだろうか?
本記事では、この“善意の行動”と科学的根拠のズレに注目し、その背景と現在の状況を明らかにする。
なぜ電源OFFが求められるようになったのか?
1990年代から2000年代初頭にかけて、携帯電話の出す電波がペースメーカーなどの医療機器に悪影響を及ぼす可能性があるとされた。
実際にごく初期の携帯端末では、医療機器にごく近づけた場合に誤作動を起こす可能性がゼロではなかった。これを受けて、公共交通機関では「電源OFFマナー」が普及した。
現代の医療機器はどうか?
現在のペースメーカーやICD(植え込み型除細動器)は、電磁波耐性が非常に高い。
日本不整脈心電学会や医療機器メーカーは、電波による影響はほとんどないと公式に発表しており、**「電源を切る必要はない」**という立場である。
たとえば、NTTドコモの資料やJR東日本の見解でも、ペースメーカーの誤作動リスクは極めて低く、スマートフォンを使っていても問題ないという結論が出ている。
むしろ“電源OFFマナー”が逆効果になる場合も
通勤ラッシュ時などに「優先席付近だから一斉にスマホの電源を切る」ことで、通信端末がネットワークから切断され、再接続時に一気に通信が集中することがある。
このような急激な接続集中は、基地局にとっては一種の負荷になり、通信品質の低下やネットワーク側の誤動作を引き起こす可能性すらある。
つまり、マナーが原因で通信環境全体に悪影響を与えるという、皮肉な逆転現象が起きる。
「マナー vs 科学」の象徴的な事例
この問題は、善意のマナーと科学的現実のすれ違いの典型例である。
電源OFFを呼びかける鉄道会社側も、決して悪意があるわけではない。苦情や事故のリスクを避けるため、“最も無難な対応”として継続しているのだ。
だがその背景には、古い情報が社会に居残り、アップデートされないまま続いている構造的な問題がある。
余談:病院で感じたカルチャーショック
つい最近、久しぶりに病院を訪れたところ、かつては至るところにあった「携帯電話の電源をお切りください」の張り紙が、すっかり姿を消していた。
それどころか、待合室には「ご自由にお使いください」というWi-FiのSSIDとパスワードが掲示されており、明らかにスマートフォン利用を前提とした環境になっていた。
この光景には、正直なところ軽いカルチャーショックを受けた。「あれだけ電波がどうこう言われていたのに?」という思いもあったが、逆に言えば、病院ですらスマホ使用を許容しているという事実が、何よりも“安全性”の裏付けになっている。
結論:情報もマナーも、アップデートが必要だ
科学や技術は進歩する。にもかかわらず、社会のマナーやルールはその進歩についていけないことがある。
「優先席ではスマホの電源を切る」という行動は、今や科学的には非合理的である可能性が高い。
今後は、こうした「かつて正しかったこと」が今も続いていないか、常に見直す目を持つことが重要だ。
それが、合理的に不合理な社会を少しずつほぐしていく第一歩になる。
こうしたマナーと科学のすれ違いは他にも存在する。関心のある方は以下のまとめ記事を参照して欲しい。