はじめに:かつて「オープンデータ」が熱かった
2010年代前半、「オープンデータ」という言葉が一躍注目を集めた。政府や自治体が保有する各種データ(地図、統計、施設情報など)を、誰でも使えるよう機械可読な形式で公開し、透明性・利便性・イノベーションを高めるという構想だった。
当時は「トイレの位置」や「AED設置場所」までもがオープンデータ化され、オープンデータポータルやマップアプリが乱立した。しかし、最近では「オープンデータ」という言葉自体、あまり耳にしなくなった。
いったい何が起きたのか?
なぜブームは沈静化したのか?
書式の不統一:構造化が崩れた
- 各自治体でカラム名・表記がバラバラ(“lat”, “緯度”, “latitude"など)
- 同じ項目でも情報粒度や定義が統一されていない
更新停止とリンク切れ:静的データの限界
- 自治体の異動や業務負荷により、データの更新が途絶える
- 形式的にExcelをアップして終わり → 時間とともに陳腐化
民間サービスの勝利:使われないオープンデータ
- Google Maps、Yahoo天気、鉄道アプリなどが高品質すぎて出番がない
- 結局、使われるのは便利な民間サービスだけ
それでも「中身」は死んでいない
- 国のポータル(data.go.jp)は今も稼働
- 災害・防災系のデータ(避難所、ハザードマップ)は活用中
- アカデミック用途や一部の市民アプリには一定のニーズがある
さらに、SDGs文脈では目標16(平和と公正)や目標11(住みやすいまちづくり)と深く関わる。
陳腐化を防ぐ条件:三位一体の実現
すべての自治体が賛同し、書式が同じで、今後も更新される
この3点が揃わなければ、どんなに立派なデータでもすぐに使い物にならなくなる。
- 公開範囲が偏る → 全国対応できない
- 書式がバラバラ → 統合・活用が困難
- 更新されない → 情報が信用されなくなる
解決策:公共×企業の新しい共創モデルへ
いまや、自治体だけでオープンデータを成立させるのは不可能。解決の鍵は、**「倫理的に差別化すべきでない情報」**から協力のスキームを作ることだ。
ステージ1:倫理的に非公開は許されない情報
- AEDの位置
- 避難所
- 災害時の通行規制
→ 人命に関わる情報は、企業・自治体ともに協力しやすい
ステージ2:倫理的義務はないが、競争優位にならない情報
- トイレの位置
- 喫煙所や駐輪場
- フリーWi-Fiの場所
→ 「別に公開しても損じゃない」情報から広げる
ステージ3:社会的価値が高く、収益とは無関係な情報
- バリアフリー情報
- 授乳室・補助犬の受け入れ可否
→ 公共福祉に資するが、競合差別化には直結しない
オープンデータは「倫理×無関心×合理性」で再構築される
- 最初は「倫理的にやるべき」から始まり
- 次に「まあ公開してもいいか」になり
- 最後に「むしろ出したほうが利便性・評価が高い」になる
これが、**「非ゼロ和の情報共有経済圏」**のあり方であり、企業が巻き込まれるべき領域である。
生成AI時代の希望:構造のズレを吸収する力
- 構造の不統一をAIで補正
- 自治体ごとのバラバラなCSVを共通スキーマに変換
- リンク切れや非更新を検出・アーカイブ
AIが支える「見えない地味な整備力」が、今後のオープンデータ再興に寄与する。
結び:情報を競争から解放するという思想
情報には「競争させるべきもの」と「協力すべきもの」がある。
これを見極め、前者は民間が競争し、後者は公共×企業で共有する。オープンデータはその後者の象徴であり、今こそ再評価すべき時に来ている。
「収益にはならないが、社会を良くする情報」から連携しよう。
それが、公共インフラとしての情報の再設計の第一歩になる。