「資格?意味あるの?」と言われ続けて──機械系現場で資格が軽視される理由
「資格は意味がない」──それが機械系の現場
機械設計の現場では、資格が軽視される傾向が根強い。たとえば、CAD試験などの設計系資格を取得している人は実際には少なく、「そんなの意味ないよ」「今さらそんな初歩的なものを取ってどうするの?」といった反応が返ってくることが珍しくない。
しかも、こうした言葉を発するのは多くの場合、その資格を持っていない人たちである。そして、口を揃えて言うのが「現場の実務が一番の学びだ」という理屈。これはある種の経験至上主義であり、機械系現場において広く共有されている価値観だ。
このような環境では、若手技術者が自ら学び直そうとしても、それを「遠回り」や「効率が悪い」と一蹴されてしまうことすらある。結果として、職場全体としての知識の更新が進まないという“停滞”を生む要因にもなっている。
なぜここまで資格が軽視されるのか?
その背景には、設計資格の歴史的な設計思想があると考えられる。かつて「設計資格」といえば、建築系・電気系・機械系を一括りにして扱っていた時代があり、試験内容も建築寄りの要素が強かった。機械設計者が資格(特に以下の資格)を取ろうとしても「建築ばかりで意味がない」と感じ、自然と距離を置くようになった──そうした歴史的経緯がある。
- 2次元CAD利用技術者
- 3次元CAD利用技術者
- 機械・プラント製図技能士
さらに現場では、上記資格を取っているCADオペレーターなどに対しても「資格を持っている人の方がかえって厄介」という印象すら存在した。理由は「建築CADに染まっていて、機械系CADを教え直すのが手間」というものであり、資格があることがむしろ“悪目立ち”になる空気もあった。
また、現場の先輩たちが資格を通じた学びを経験していないという事実も、軽視の温床となる。資格の価値を知らないままキャリアを築いてきた世代にとって、それは「今さら必要ないもの」と映るのかもしれない。
それでも自分は、資格を取る
そのような環境にあっても、私はあえて資格を取得し続けている。その理由は大きく二つある。
一つは、外部的な評価の必要性を感じたからだ。今の職場では評価されなくても、他所では通用する“ものさし”が欲しかった。そしてもう一つは、独学や現場経験だけでは、どうしても知識に穴があると感じたからだ。
実際に資格取得の学習を通じて、過去に「なぜこうするのか?」と疑問に感じていたことが理論的に理解できるようになり、現場での応用力も高まった。資格学習は単なる暗記ではなく、自分の仕事を“構造的に見直す”きっかけを与えてくれるものだった。
また、体系的に学ぶことで、他人との議論にも強くなれる。「感覚」ではなく「根拠」をもって話すことができるようになると、設計レビューなどでも一目置かれる場面が増えてきた。
学び続ける理由──教える立場になるからこそ
そして今、私は「人に教える側」に立ちつつある。そこで痛感したのは、「自己流」だけでは教えきれないということだ。自分の経験だけで話していては、再現性のある指導ができない。誰にでも通じる“体系だった知識”の重要性を感じている。
新人や若手に教える際、資格試験の出題範囲に沿って説明すれば、共通言語ができ、指導のブレも少なくなる。これは自分自身が経験で学んできたことを、よりよい形で次世代に伝えるための土台となる。
だからこそ、私はこれからも資格を取り続ける。現場では軽視されがちな資格だが、それを支える体系知こそが、未来の技術者育成の土台になると信じている。